2010年08月14日

あれから1年、寝太郎1歳

今日、寝太郎が1歳の誕生日を迎えた。
連れと「何かする?」と話し合い、初めての誕生日だし誕生餅くらい背負わせようか、そうなる両親にも来てもらおうか、ならばケーキも用意しようか・・・という事になった。そうなったところで、横浜の連れの両親は電車で来てもらえば問題ないが、群馬の両親は車で来た方が楽。しかしお盆まっただ中で渋滞も予測できないので、余裕を持って来てもらうために前日から1泊してもらおう。
さぁ、準備が大変。一週間くらい前から誕生餅を予約し、ケーキを予約し、寿司を予約し、母と料理の打ち合わせをし、材料を揃えて、おっと台風も近づいて、あわあわと昨日になった。昨日は姉も来てくれて、久々に私の家族が集った。
今日は午前中から準備に忙しく動きながらも、1年前の事を思い出す。嗚呼、今頃は朝食抜きで帝王切開の準備だったなぁ、今頃手術室入ったなぁ、今頃お腹をぐにゅぐにゅと探られていたなぁ、今頃気持ち悪くて吐きそうだったなぁ、など。
寝太郎は昼の時報と同時に生まれた。寝太郎が泣き声をあげて出て来ると「12時ちょうどでーす」という看護師さんの声が聞こえ、取り出されたほやほやの寝太郎を先生が「ほら」と見せてくれた。まだくしゅくしゅで真っ赤っかの寝太郎である。小児科の先生の診察を受け、体を拭いてもらった寝太郎を助産婦のIさんが連れて来てくれている間にも、お腹を閉じる作業に入っている気配がする。半身麻酔って変な感じだ。不思議なもので、手術中は麻酔していても意識はハッキリしているのだが、手術室を出ると意識が朦朧としてくる。麻酔が切れても意識ははっきりしないくせに、痛みだけいっちょまえに感じるようになる。連れにはしきりと「いたい〜」と訴えていたらしい。連れが帰ってしまうと訴える人も居なくて、痛みと興奮と眠気が入り交じる不思議な夜を過ごした。
早いもんだ。あれから1年。写真を見ながら改めて振り返ると、泣くか寝るかの寝太郎が、ご飯も良く食べるようになり、誕生日1週間前にはハイハイもできるようになり、よくここまで無事に育ってくれたなぁとホッとする。大変だったけどね。
明日からもまだまだ大変だけどね(涙)。
posted by はきこ at 23:42| 東京 ☀| Comment(3) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

復元

先日、テレビで懐かしい郷土の味がよみがえった事を知った。
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前橋育ちなら忘れられない「片原饅頭」
通っていた幼稚園がすぐ近くだったし、良く行っていた本屋さん(って、ここで働いてたんだけどサ)もすぐ裏にあったから、小さい頃からそこにあるのが当たり前だった「片原饅頭」。店構えも趣があり、前を通ると酒まんじゅうを蒸した匂いが漂っていた。
創業天保3年(1832年)前橋の「片原通り」で創業された「片原饅頭」は、後継者不足から1996年に閉店。もう二度と食べられないと思っていた味を復刻させたのは、元競輪選手なのだそうだ。今では田んぼの中の工場の片隅で「ふくまんじゅう」と言う名前で販売している。新たに店舗を構えた暁には改めて「片原饅頭」として売り出される。同じ工場で餃子も売られているのは、元々社長さんが餃子を販売していたからだ。
先日帰省した際「もうゼッタイこれ買って帰るから」と連れに宣言。6個くださいと言うと「失敗作だから」と1個おまけしてくれた。袋に顔を突っ込んで懐かしい匂いをかいでいるともう我慢できなくて、おまけでもらった1個を連れと半分こにして食べた。匂いの記憶は片原饅頭の店構えを思い出させ、あの頃の街の賑わいまでよみがえってきた。
残念ながら、片原饅頭があった「片原通り」は今は寂しいもので、向かいにあったデパートも、良く通ったミスドも、その向かいの気に入っていた服屋も、今は面影すらない。
1個120円のふくまんじゅうは、しばらくウチの冷凍庫で大事に消費される。
レンジで解凍してそのまま食べるも良し、フライパンで焼くも良し。私みたいにフライパンにバターを溶かしてこんがり焼くなんていうB級的な食べ方をするのは・・・良しなのか?
posted by はきこ at 23:22| 東京 ☀| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月01日

昔の名前で出ています

すっかりご無沙汰してしまった。
6月中はとにかく体調がヒドく、前回ブログをあげた後も下痢をしたり親子で風邪をひいたりで、寝太郎の予防接種も受けられないような状況。疲れがなかなかとれず、寝太郎の夜泣きが始まって睡眠も良くとれず、昼寝をしても夜眠れなくなる悪循環もあったりした。どうしようもないのでしばらくは子育てと自分の体調優先で過ごし、7月下旬くらいからやっと体調が戻ってきた。やはり眠れなくても早めに布団に入る事が大切なようだ。

さて、そんなわけで。
1人で寝太郎の世話と家の仕事もできないほど体調を崩し、実家に世話になったりで帰省する機会も多くなった。この週末は体調が悪かったわけではないが、夏の間は連れの仕事が忙しく、お互いの実家にゆっくり帰れそうもないので、先週末は連れの実家へ、今週末は私の実家へ行き、寝太郎の元気な姿を見せてきた。
寝太郎は8月で1歳になるが、もうハイハイしていい頃なのにまだずり這いしかしない。まぁ、ずり這いはもの凄いスピードだし、椅子などに捕まって立ち上がろうとする事を考えると、ハイハイが遅くてもそう焦る事もなさそうだ。
私は実家に着くとすぐに美容室に出かけた。結婚前はずっとこの美容室を経営する同級生のカズに切ってもらっていたが、結婚してからは東京の美容室をいくつか転々とした。切った後はサッパリするのだが、1週間、3週間、ひと月と経過するにつれ、髪の毛がわかめのように増える。元々髪の量が多いのを上手く処理してくれるのは、やはりカズしか居なかった。カズのカットなら2ヶ月は確実に困る事がない。
「おめぇ、なんだそりゃ。ヘルメットみたいな頭!」とはさみを取り出しながらの第一声。「どうせひでぇ頭で来るんじゃねえんかと思ってたんだよ」と言いながらはさみをシャカシャカ動かす。子供が生まれてもうすぐ1歳だと告げると「男だろ?」と言い当てた。髪の減り方でわかるのだそうだ。「カズは中学の勉強はぜんぜん出来なかったけど、こーゆー事は良く知ってんべぇ。」(知ってるだろ?の意。群馬弁。)いやぁ、そーだいね(笑)。そして仕上がるなり「どうだ、さすがカズだろ」いや、おっしゃる通りで。この夏は安心して越せる。
私とカズは当時それほど仲が良かったわけではなかった。「俺なんて嫌われてたと思ってたし」とカズ言うが、まぁ嫌いと言うより住む世界が違うなぁとは思っていた。ただ、髪を切ってくれるようになり、私が色々大変な事があった時に、心配して心を砕いてくれていた事があった。アドバイスをくれる人もいたが、カズはあれこれ詮索せずに「大変だんべぇ?まぁ、気楽にやれや。」と言ってくれ、それを乗り越えると「いやぁ、良かった良かった」と喜んで、飲み会に誘ってくれたりした。乗り越えた時にバカ騒ぎしてくれる方が、私には何となく気が楽だった。
偶然隣に座った男性、どうも入って来た時から気にはなっていたが、やはり同級生の「ゆうじ」。もう何年ぶりだろうと数えるのも大変なくらい久しぶりだった。3人で群馬弁丸出しで話し、昔の呼び名で呼ばれると、気持ちまで当時に戻ったようで嬉しかった。
「おめぇはぜんぜん変わってねぇな」と言われたのは、褒め言葉と思って気持ち良く受け止めておこう。
posted by はきこ at 23:49| 東京 ☀| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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