2008年10月04日

夢のつづき

草は枯れても 命果てるまで
ぐぐぐ・・・雄三に軽くシビレル。
夢を心に、私の旅は続いている。

さて、早朝に前橋駅に送迎してもらい、私たちは両毛線を小山まで進む。この辺り、私はさすがに乗っているが、連れは初めての前橋以東の両毛線である。小山から宇都宮までは宇都宮線(東北線)、宇都宮からは東北本線で黒磯まで。黒磯以北は直流から交流に変わるので、ここで乗り換える必要がある。黒磯から郡山まで”ポツネン”を探しながら電車はゆるゆると走り、郡山から磐越西線で向かったのは会津若松である。
郡山からの「会津ライナー」は、連れがどこで調べてきたのか寝台車両だった。
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モハネ582はパンタつき
今でも行楽シーズンには、ディズニーランド行きの特別寝台として走っていたりするのだそうだ。それと色を塗り替えて、大阪ー新潟間も「急行きたぐに」として走っている。連れは小さい頃、親戚の家に遊びに行った際に乗った事があるらしいが、ソレ以来なので大変な興奮ぶりだ。初めての私もわっくわく。自由席がいっぱいで旅情もへったくれもなさそうだったので、車内で指定券を購入してゆったり会津若松を目指した。
さて、およそ6時間半かけて、会津若松に到着したのはちょうどお昼頃。
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嗚呼、白虎隊。
私にとって中学3年の修学旅行ぶりの会津である。あの頃は無かった、幕末への思いを胸に降り立つ会津若松の駅は、なんだか感慨ひとしお。しかしここに居られるタイムリミットは午後3時・・・感慨もひとしおなんですが、空腹もまたひとしお(涙)。
会津名物「ソースカツ丼」いっときましょう。
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一二三食堂の、カツがはみ出るソースカツ丼。
これを「わしわしわしわし」と1時までに食べ終える。実は駅でもらった観光地図を見ていたら、大変な物を発見してしまった。天寧寺にある近藤勇の墓である。他にも興味深い史蹟は沢山有るし、時間に余裕がなければ無理に行かなくても・・・と連れに言ったら「んや、せっかく見つけたんだし、行けるなら行こう」と言ってくれた。一生懸命食べたら墓に手向ける花を買う時間もできた。
周遊バスの最寄りバス停で下車し、天寧寺まではすぐだったのだが、幕末の反逆児の墓は見つからぬように、さらに奥の山の中にある。バスの中では押し寄せる思いに「な、ないてしまうかもぉぉぉ・・・」と思ったけれど、それどころではない山道を、頼りない標識を頼りに必死で登っているうちに、到着した時には達成感だけになってしまい、さめざめと泣くどころではなかった。
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土方歳三が建立させたと伝えられ、ここに葬られているのは板橋で処刑され、京都の三条河原でさらされた近藤の首とも、遺髪とも言われている。松平容保によると言われる「貫天院殿純忠誠義大居士」という戒名が石に刻まれている。隣には「歳進院殿誠山義豊大居士」と書かれた、土方歳三の慰霊碑が建てられており、こちらにも花を分けて手向けた。幕末の志士達の夢のつづきが、此処には眠っているのだ。
無事に墓参りを済ませて会津若松駅に戻り、宇都宮までは同じ路線を走り、宇都宮で下車して夕食。
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駅前「餃天堂」のもちっと餃子のセット。
宇都宮からは座ってゆっくり帰りたかったので、湘南新宿ラインのグリーン車で。運悪く静けさには恵まれなかったが、無事に帰宅できれば何よりかな。

やっと旅から帰って来られた。帰ってきてからもう1ヶ月経つのに。
posted by はきこ at 23:37| 東京 ☀| Comment(8) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

ポツネン

日程は18きっぷ期限切れ直前の9月7日(日)〜8日(月)に決まった。
7日には18時から実家の近くでザスパの試合がある。それまでに、おとんのパソコンを何とかしたいから、14時くらいには前橋に着きたい。
朝早く起きて、京王線で新宿へ、新宿から中央本線で拝島まで出て、そこから八高線を経由して川越線に入る。大宮から高崎線で高崎へ、高崎から信越本線に乗って終点の横川駅で下車。昼食をとり、信越線で高崎まで引き返し、両毛線で前橋に向かうと、予定の14時頃には前橋駅に着いた。普通に行けば3時間弱で着くところを、倍以上の時間をかけて向かったのは、18きっぷの元をとる為と、今まで乗った事のない路線を塗りつぶすためだ。
実はこんな地図があったりして。
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2006年時点でのJR全線。乗った所を塗りつぶして行く。
まだまだやね。
横川駅で改札を出て近くのドライブインまで歩き、お昼御飯に釜めし900円を購入。買った釜めしは、ドライブインにある椅子とテーブルについて食べる事ができる。値段が高いのが気になるが、旅の想い出に釜を持ち帰り、家で御飯を炊いてみるも良し。お土産用に重石と漬け物の素の”漬け物セット”が売っているので、違う楽しみ方もできる。今回は荷物が多く、明日も移動が多いので、釜は店に置いてきた。
おやつに碓氷峠の「力餅」を買って車内でいただいた。
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赤福に似ているが、こちらの方がちょっと甘め。
群馬はちょっとした米所でもあるので、信越本線沿いには高崎のほんの手前まで田園風景が見られる。田植えを前にした晩夏のこの時期、おそらく水に住む生物をエサにしているであろう”サギ”の姿が見られる。
これは後日、うちの近所の川に居たヤツを撮影。
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田んぼのあぜ道で、長い首をひゅっと伸ばしてたたずんでいる姿が「ポツネン」としている。私たちはこいつらをポツネンと命名した。車窓に田んぼが見えると、私たちはポツネンの姿を追った。なかなか可愛い。
前橋に着いてから、それはもう大変な苦労をして、おとんのウイルスバスターをなんとかした。詳しく書きたくないくらい大変だったので、軽くスルー。
ほんとに必死で何とかして、ザスパ戦には何とか間に合った。山形との試合は、神がかったキーパー本田のスーパーセーブを何度か拝ませてもらったが、両者共に得点を許さず、スコアレスドローに終わった。
翌朝は早起きして、会津に向かう。
posted by はきこ at 23:17| 東京 ☔| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

今度はどこ行こう

「青春18きっぷ」は5回分で11500円。1日2300円。
簡単な算数である。
天王寺で買った「青春18きっぷ」は5回分ある。そのうち2回分は、天王寺-名古屋間で、連れと私がそれぞれ1回分使った。あまり3回分。さて、こいつをどうしようか?
1回分を私が使うと言い出した。まだ乗った事の無い拝島から先の、青梅線と五日市線。渓谷沿いでおにぎりでも食べて、温泉入って帰ってこよう。しかし当日の朝になって眠かったので計画中止。寝不足の理由は、遅くまで旅の計画を練っていたから。とんだダメ人間。
3回分、利用期限は9月10日。
そんな時、うちのおとんから電話が来た。
「はきこ、お父さんの使ってるウイルスバスターのパスワード教えてくれ」
おとん、それを私に聞くのか・・・わかんないですよ(涙)。
ウイルスバスターの更新期限が9月末に迫っていた。パソコンが2台あるので、契約は2本ある。そして、ほとんど使っていない1台を廃棄して、1台分の契約を解除したいとのこと。たぶん、新しいバージョンへの更新などもあるはず。しかし、何をするにもパスワードが必要。それを忘れちゃったら、おとん、そりゃどーにもならんよ(涙)。忘れたからサイトに行って再発行してもらおうとか、メールで問い合わせようとか、そういったアイデアはおとんと無縁である。カメラが好きなので、写真を撮って取り込んだりする事はできるが、管理に関してはからっきしなのだ。
とにかく、何をするにもパスワードを要求されるので、私たちが行って、サイトから問い合わせるのが早いだろうという事になり・・・原油高なのに・・・旅行いったばっかりで超ビンボーなのに(涙)。
そこで白羽の矢が立ったのが、我らが18きっぷ。
ただ高崎線と両毛線で前橋に行ってもつまらないし、2300円の元がとれない。どうせなら、まだ乗っていない川越線や、連れは電車で未達の横川駅あたりまで寄り道して前橋へ行き、パソコン直してザスパ戦観ちゃえ。ついでだからその日は前橋に泊まって、翌朝早く家を出て、東北まで行っちゃえ。帰りは宇都宮で餃子食べちゃえ。足りない1回分の18きっぷはネットで見つけちゃえ。
連れの「脳内ツアコンピューター」は、時刻表から旅の計画のはじき出しを始めた。
新しいちいさな旅の始まりである。
posted by はきこ at 22:10| 東京 🌁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

さよなら夏の日

旅行から帰ってきてもうひと月以上経つのに、この日記はまだ家に帰れない。
今日は待望の完結編・・・ホントか?
個人の旅の記録に長々とお付き合いいただき、みなさま、大変お疲れさまでございました。

名古屋に宿泊したのは初めてだった。大阪ほど地方色を感じない。
もっと「みゃーみゃー」言う言葉が聞こえてくるものだと思っていたが、名古屋弁を実感した事は残念ながらなかった。居られたのはたった一日だけだったし、出掛けたのは観光地だけだったからなぁ。少し関東に近いのと、やはりここは大きな都市で、方々から人が集まってくるせいもあるだろう。
東京へ戻る日、名古屋観光と言えば、やはりコレ。暴れん坊将軍のテーマ、スタート!
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尾張名古屋は城で持つのだ。
こいつはニセモノのシャチ。
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昭和20年5月の空襲により天守閣は全焼。鯱を空襲から守るため、屋根から降ろす作業をしており、その為に開けられていた窓に焼夷弾が飛び込んだ。昭和59年には再建されているが、焼けたのは建物だけでなく、ふすま絵や調度品などの貴重な美術品や、歴史を証明する大切な資料もあったはず。なんともやりきれない。
ゆっくり天守閣内の資料館を見たかったけれど、帰りの新幹線の時間が迫っていた。ざっと見ただけで駅に戻り、昼食の物色。せっかくなので、名古屋気分を車内に持ち込めるお弁当を選んだ。
元祖みそかつ物語。
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弁当は箱に入っていて、箱にはみそかつ誕生秘話が書いてある。名古屋の味付けが好きな人にはオススメ。ボリュームもたっぷりです。
帰りの新幹線では、旅の名残を惜しむ子供達の高笑いと一緒に東京へ。行きも帰りも、新幹線の同乗者には恵まれなかった。

ふう、ただいま東京。いったい何日かかってんのよ。
これで7泊8日伊勢-大阪-名古屋の旅のレポートはおしまい。
おしまいだけど・・・続きは、ある(笑)。
posted by はきこ at 20:34| 東京 ☁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

名古屋入り

藤井寺のおっちゃんさんちで一晩過ごし、翌朝は早起きして名古屋を目指した。おっちゃんさんちには、JR以外の最寄り駅で、名古屋を目指せる路線もあったのだが、一旦天王寺に戻り、そこからわざわざJRに乗ったのは、関西本線を完乗するためである。私たちの為に一緒に早起きしてくださった、理解あるおっちゃんさんご夫妻に感謝。
天王寺からは18きっぷで関西本線を奈良まで進み、ここで「奈良気分」を1時間ほど味わう。とは言っても、JR奈良駅から鹿の居る公園や寺は遠く、下車して駅前をぶらぶらし、昼食のおにぎりを買っただけ。とりあえずここでは”経県値”だけ上げておく事にした。奈良駅から3つ先の加茂駅へ進み、ここから亀山駅までは非電化区間なので、連れの大好きな「気動車」で走る。キハですよ、キハ。線路の両側に草木が茂る、たいそうな山道である。亀山駅から名古屋駅までは再び電車。名古屋に近付くごとに景色が「おまち」になっていく。
名古屋に着いてホテルにチェックインすると、すぐに瑞穂陸上競技場へ向かい、うちのチームとグランパスの試合を観戦。
逢いたかったよ(嬉)。
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全裸で短足なのが不憫な感じだけど、それがひょこひょこ歩くからとても可愛い。
この日は浴衣のイベントだったようで、ご両人は浴衣姿で登場・・・浴衣?どう見ても「マ○ケン」でしょう(笑)。
試合の方は一応うちのチームが0-1で勝利。しかし、終始ゴールを攻められていたのはウチのチーム。最後までヒヤヒヤしながらも、1点を死守した。勝った気のしない試合だった。
でも、勝ちは勝ち。
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「勝った」    「負けた」
posted by はきこ at 20:23| 東京 ☁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

おじゃましました

「電停」ってステキ。群馬にはなかったから。
阪堺電車上町線の天王寺駅前電停から路面電車でことこと走り、帝塚山という超高級住宅地のある姫松電停で下車、目の前にあるのが「Rug Time」というJazz Barである。私たちはここで「おっちゃんさん」がピアノを弾くライブを楽しんだ。
ちなみに、帝塚山がどんだけ超高級な住宅地なのかと言うと「あらまぁ、大きな玄関。うちのマンションのエントランスの扉より大きな・・・」と思ったら、横に「勝手口」とプレートが貼ってあったくらい。セクシャルでバイオレットでNo.1で有名なミュージシャンもその界隈に住んでいる。
さっきまで居た西成とは真逆にありながら、ここもやはり大阪である。
だからってお店は、過去に私が行って超イカりまくった、有楽町辺りにあるライブハウスとは違い、それなりの価格で音楽が聴けて、食事やお酒も楽しめる。おっちゃんさんが招いてくれた、AMIにお乗りのI夫妻も来てくれていた。久しぶりでとても会いたかったし、お話したい用件もあったので、ライブの合間にも楽しい時間を過ごした。
家ではCDを聴いていたが、おっちゃんさんのピアノを生で聴くのは初めて。今回はピアノ、女性ベーシスト、男性ドラムのトリオ。スタンダードを披露する合間に、おっちゃんさんの「漫談」も楽しめ、演奏が始まるとロマンチストなおっちゃんさんならでは(私はおっちゃんさんはロマンチストだなぁと思うのです)のピアノを聴かせてくれる。「歌う?」と聞かれ、首をぶんぶん振ってしまったが、これが数年前なら、聞かれる前から楽譜用意して「お願いしますっ!」と言っていたところだったろうなぁ。もっと勉強しておけば良かったと思ったけれど、あたしにはもうムリ。
ちなみに、知らない人も多いかと思うが、私は群馬でジャズを歌っていた事があった。近くて遠い昔の話。
久しぶりに懐かしい感じに浸りながら素晴らしい音楽を聴き、店を出た後はおっちゃんさんの2CVに「ぎうぎう」と乗り込んで、I夫妻家経由でおっちゃんさんの家に向かった。今夜のお宿は藤井寺のおっちゃんさんち。
このあたりは古墳群のど真ん中で、家を建てようと思ってウッカリ掘りおこすと、大変な遺跡が出てきて家がいつ建つかわからないじゃないかーー!というくらい、古墳に囲まれた所。お家の目の前も古墳。
うわさのガレージから奥に長ーーいお家の、ロフトの下の居間にお布団を敷いてもらったけれど、おっちゃんさんと奥様、うちの夫婦と4人でいつまでもお話が尽きなかった。
まだまだ話足りないので、またゆっくり時間が作れればなぁと、またその日が来るのを楽しみにしている私なのだった。
特に廃線跡の話とか・・・。
posted by はきこ at 22:35| 東京 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

どう書いたら良いか、悩むところ

新世界には二度行った。
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最初に行ったときは19時頃で、そろそろ通天閣も店じまいの時間かと思ったら、夏期は20時まで入場を受け付けていたので、展望台に行ってみる事にした。
幸せを呼ぶ男。
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ビリケンさんは今年百歳。足の裏を触ると、良い事がある(らしい)。
5Fの展望台は、高所恐怖症夫婦にとってはあまりにもスリリング。ビリケンさんに挨拶して、とっとと下に降りて、土産物屋を冷やかして出てきた。通天閣史上、最短記録10位以内間違いなしだな。
通天閣を出て新世界の界隈をぶらぶらしながら、旨そうな串カツ屋さんを物色し、大阪市内観光の最終日にまた新世界を訪れて「近江屋」という串カツ屋で名物を堪能した。
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二度づけ禁止。食べ放題のちぎりキャベツが傍らにあるので、ソースが足りない時にはキャベツですくって足そう。最近値上げを余儀なくされたようだが、それでも満足の低価格だ。大阪は美味しい物が安くて嬉しい。
この日は串カツで早めにお腹を黙らせて、20時くらいを目処に帝塚山の”Rug Time”という店を目指すため、新世界から阪堺電車上町線の天王寺駅前電停まで、ぶらぶら歩いて向かった。
「ジャンジャン横丁」へ。
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奥のおっちゃん達は将棋を指している。さすが、阪田三吉の大阪。
大阪で名前を知って、帰ってきてから織田作の「聴雨」を読んで、初めて阪田三吉がどんな将棋指しかを知った。「王将」というタイトルの映画、舞台、歌詞のモデルになった人物だが、漫画「ガラスの仮面」の主人公の北島マヤも、阪田三吉がモデルだったとはびっくりだ。
東京人は自転車のベルを「ちりんちりん」と鳴らすが、大阪人の場合は「じりじりじりじりじりじりじりじり」と、前の人が避けるまで鳴らす。ところがこの「ジャンジャン横丁」あたりからはさらに「どこ見とるんじゃ!ボケ!」が付くようになり、少し荒々しくなる。
私たちは、知らない間に西成区へ近付いていた。西成区は昔ながらの住宅地が残る所があり、裏路地には昭和の香りが残っている。暗くなった路地で子供達が遊ぶ姿は「じゃりン子チエ」を彷彿させ、実際この辺りが舞台のようである。さらに進んで、高速道路下に暮らす人達の姿を見かけると、さすがに連れには手をつないでもらった。愛隣地区の北端だったようだ。
ここを通ってきた事は、織田作の本を読み進める時、舞台や空気やにおいを想像するのにとても役に立っている。女一人ではとても立ち入れない。
さらに進むと、これはびっくり。
posted by はきこ at 21:38| 東京 ☀| Comment(6) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月06日

同行者

大阪城を大手門から出ようとしていた。さて、中崎町に行こうか。
ところが連れの背後にひとりのおっちゃん。連れが右を向けば背後に、左を向けば背後に。なにしろ背後なのだ。
なんだろなぁと思っていると、このおっちゃんが「あんちゃん、あんちゃん」と話しかけてくる。おっちゃんが興味を持ったのは、先に訪れた「小津和紙」のユニクロコラボTシャツだった。創業承応弐年、清左衛門長弘、東京 日本橋、と書かれており、下の方には、美濃紙、越前紙、西ノ内紙、八女紙・・・と扱っていた地方の紙が書かれている。えんじ色で和風のそのTシャツを「珍しい」と思ったようで、何が書いてあるのか知りたくて、背後に回って解読しようとしたが、わからなくて話しかけてきたのだ。
「これは和紙を扱っていた近江商人の・・・」と説明をしたところ、おっちゃんは「珍しいなぁ、へぇ」と感心した。そして「ええこと教えたるわ」と連れて行かれたのは、大手門にある石垣。石垣に張り付くようにして横を向くと、それがよじ登りにくく作ってある事がわかる。張り付いて見てみないと、なかなかわからない。
それとこのビル、何に見える?奥がNHK大阪放送局、手前は大阪歴史博物館。
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博物館が船、NHKは船の帆を模しているのだそうだ。
もともとこの辺りは海が近く、物を運ぶにも海や川を使っていた。浪が速いから「なみはや」で「なにわ」である・・・とおっちゃんに教わった。
これから何処に行くんやと聞かれたので、地下鉄谷町線で中崎町に行きたいと言うと「しゃーないな、ほな、駅まで一緒に行ったるわ」と、頼んでもいないのに先導をしてくれた(笑)。いや、悪い人じゃなさそうだし、旅は道連れとも言うし、おっちゃん面白いし。
珍しいTシャツを着て、大阪を少し知っている連れに興味を持ち「あんちゃん、大阪初めてやないやろ?」とか「学校のせんせやろ?」とか「おっきい企業のサラリーマンやろ?」と、色々聞いてくる。そして、ポケットから万歩計を取り出すと「まだまだや」と言ってまたポケットに収めた。私も万歩計を持って歩いていたので見せ合うと、おっちゃんはもう14,000歩も歩いていた。私はまだ6,000歩ほどだった。このおっちゃんはどうやら地元の人で、毎日健康の為に万歩計を持ち、おそらく20,000歩を目標に歩いているのだ。
そうやって3人で天満橋駅まで歩き、おっちゃんはここで「わしはこっち行くわ」と淀屋橋方面へてくてく歩いて行った。
暑いので体に気をつけて。

※大阪弁よくわからないもので、おっちゃんの大阪弁が変だったらすみません。
posted by はきこ at 23:24| 東京 🌁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月05日

大阪城

天守閣を見ると、頭の中で流れるのはいつも「暴れん坊将軍」のテーマだ。
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しかし、この日も暑かった。
あまり暑いので、天守閣でアイスを買ってひと休み。顔出しは外国人観光客に大人気だ。
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大阪城の天守閣の中はとても広い。どこと比較して「広い」のかと言うと、昨年行った彦根城だ。彦根城は階段を「よじ登る」感じで上を目指したが、大阪城はエレベーターでラクラク行ける。もっとも、彦根城は江戸時代築城から残っている天守閣であり、内部はそのまま展示物として十分に見応えが有る。大阪城は綺麗に整備され、天守閣の中にある博物館も歴史がわかりやすいようになっており、貴重な当時の武具や文献なども展示されている。
正直言って戦国時代は不勉強なため、ここでの興味は専らコレ。
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戦国おみくじ。もう、これがやりたくて登城したようなもの(笑)。
戦国おみくじとは?
「戦国時代に名を残した武将をあしらった「みくじ」のこと。このみくじに書かれた武将は、現在(いま)のおぬしを映しておる。いかなる言葉であれ、武将からのお告げを素直に受け入れ、精進するべし!!」
さあ、私は誰が出るのかしら?
直江兼続
「学問を好んだ聡明の武将。坂戸城主・長尾政景の下士の子に生まれる。幼年から学問を好み、聡明の噂が高く、春日山城で名将上杉謙信の直々の薫陶を受けて育ったのである。信玄亡き後は、継嗣争いに勝った景勝の右腕として、戦国最強の軍団を率いて采配をふるった。」
運勢は末吉
「学問の世界で優れた才能を発揮する相が出ておる。学者肌(がくもんはだ)のおぬしはいずれ大手柄を立てるであろう。しかし、肉体的には恵まれておらん。基礎体力をしっかりと蓄えておくことが肝心じゃな!」
全体運・・・兜2つ(うむむ)
恋愛運・・・ハートマーク1つ(今さらいらんわ)
仕事運・・・刀4つ(おぉ)
金運・・・小判1個(涙)
健康運・・・馬3つ(気をつけろってわりには多い)
と、こんなお告げ。学問で大手柄を立てた覚えなし。恋愛運は使い果たした感あり。金運は、これからに期待しよう。そして最も気をつけなければならないらしい、健康運3つの私、現在「副鼻腔炎」発症ちう(涙)。
おみくじ大事にしまっとこ。

さぁて、中崎町に行こうかぁと話していると、むむ、後ろからアヤシいオヤジが??
posted by はきこ at 23:30| 東京 ☁| Comment(7) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月03日

法善寺横丁

お好み焼きを食べた後、法善寺横丁へ行った。時間も時間だしお参りは置いといて、とりあえず場所だけ確認して、お参りは次の日にしようかって事で。
法善寺横丁は平成14年と15年に相次いで出火し、横丁の一部を消失した。横丁の商店の努力と、多方面からの支援と協力により、今ではすっかり元気を取り戻しているように見える。そして、そんな災いから2度も免れた法善寺は、今でも地域のよりどころとなっているようだ。ご本尊様が阿弥陀如来、水掛不動で知られる西向不動明王と、小道を挟んで反対側に金毘羅天王、お初大神(岡山最上稲荷)が祀られている。水掛不動は大阪大空襲で被災しながらも焼け残った、力のあるお不動様である。
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金比羅さんとお初大神のちょうちん。
私たちが、へぇここが・・・と法善寺を眺めていると、一人のサラリーマン(風)が入ってきた。
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彼は寺務所でろうそくとお線香を3束調達すると、ろうそくに火を点けお線香をたく。3つの神様にお線香を供えして、手慣れた感じでお不動様に「じゃっ、じゃっ、じゃっ」と水をかける。そしてお賽銭をがらんと放り込み、無言で手を合わせる。それから、側にあるバケツの水をお不動様の前にある水貯めに「ざん」と足して、寺務所の前に有る井戸水をバケツに足し、足早に帰って行った。その一連の動きの鮮やかさに、しばし連れと見とれていた。毎日、こうやってお参りしているんだろう。
翌日、改めて法善寺横丁を訪れた。
まずはコレでお腹を黙らせる。
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夫婦善哉。これで一人前、塩こぶとお茶付き。
もともと「お福」という店で、2つのお椀に分けた方が沢山入っているように見えるからと、このような形で出していた。それが2つで一人前は夫婦のようだということで、夫婦善哉と呼ばれるようになった。オダサクの小説「夫婦善哉」のラストにも登場する。
お不動様、暗かったから気が付かなかったけれど、毎日水を掛けられているから、全身苔むしている。
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貫禄たっぷり。
寺務所で御朱印をいただき、前夜の参拝者に習いお線香を3束買ってそれぞれに供えた。そして、カッチョよく「じゃっ、じゃっ、じゃっ」といきたいところだが、これがなかなか上手く掛からない。勢い余って財布の中身をぶちまけてしまった(涙)。お賽銭を入れて拝んでから、バケツを持ってすごすごと引き下がり、井戸水を足して退散してきた。
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「あんた、へったくそやね・・・」
posted by はきこ at 20:00| 東京 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

大阪のおばちゃん

大阪のおばちゃんは、いつも飴ちゃんを持ってる。もの凄く図々しい、厚かましい、やかましい、そんな先入観があった。決して良いイメージを持っていなかった事をここでお詫びしたい。勿論、そんなおばちゃんも居るのだろうけど、私が大阪で会ったおばちゃん達はカッチョよかった。
旅行から帰ってきてから、私は「オダサク」に夢中だ。
織田作之助。坂口安吾や太宰治と並ぶ、無頼派の作家。昭和初期の大阪の、底辺で暮らす人々の暮らしを描いている作品が多い。文章にリズムがあるのと、短篇で読みやすく、歩いてきた地名なども出てくるので、するすると読める。登場人物は変えようも無い、生まれついての性質や運命と付き合いながら、同じ失敗を不器用に、何度も何度も繰り返す。今流行りのお涙ちょうだいモノなどより、ずっと血が通っていて面白い。街はもっと薄暗く、人間はもっと生臭いはずだ。
連れはもともとオダサク好きで、大阪旅行を決めた時「どうしても行きたい所がいくつかあるんだ」と言っていたところは、ほとんどオダサクゆかりの地だった。
ここのカレーはオダサク好み。
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自由軒(ここ)のラ、ライスカレーは御飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい
これにお好みでウスターソースをかけ、真ん中の卵と混ぜて食べる。オダサクはこのカレーを好んで食べたそうで、店にはこんなかっちょいい台詞も残っている。
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「トラは死んで皮をのこす 織田作死んでカレーライスをのこす」
帰ってきて「夫婦善哉」を読みながら、ここで働くおばちゃん達を思い出す。
店に入ると、4人が向かい合って食べられる席と、会議室にあるような長テーブルがある。引きずるとガリガリっと音のする椅子が置いてあって、相席は常識。後から来た家族連れがまとまれるように席を譲ったりすると「すんません、おおきに」と、店のおばちゃんがお礼を言う。
私たちが「名物カレー」を頼むとおばちゃんは伝票を書いて、番台のように入り口に据えてあるレジへ持って行く。注文した品が奥から出来上がってくると、配膳のおばちゃんは番台のおばちゃんに向かって「名物1丁!」とか「チキン1丁!」とか「ハイシ2丁!」(ハイシ=ハヤシ)と声をかける。番台のおばちゃんは「名物1丁、3番さん!」と、それをどこへ配するか指示を出す。客はかつかつと音を立てながら「まむして」夢中でそれをかっこむ。旨い、旨い(笑)。
連れと私、共通で「好きな店の条件」のひとつは、店の人が綺麗に働いている事。秋葉原の「丸五」もそうで、役割分担が決まっていて、それぞれが手際よく、姿勢よく働くから、食べるこちらも姿勢を正され、気持ちよく「ごちそうさま」を言って店を出て来くる事ができる。
たまたま入ったお好み焼きやも、おばちゃんがカッチョよかったっけ。
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「焼き」はお兄ちゃんとおっちゃん二人でやっているようで、お兄ちゃんはお好み焼きやネギ焼き担当、おっちゃんは焼きそばや、野菜などその他の焼物担当。お好み焼きは時間をかけてじっくり焼くから、キャベツが生地の中で蒸されて、やわらかく甘く仕上がる。おばちゃん達はオーダーをとったり、飲み物やおつまみなどを用意して出したりしている。お好み焼きを注文すると「青のりとマヨネーズかけますけど、お嫌いじゃないですか?」と、好みの確認をする。お兄ちゃんがじっくり焼きに入り、焼き上がると「3番とんぺいお願いしまーす」とおばちゃんに声をかける。おばちゃんは手際よくソースを塗ったり、マヨネーズをかけたり、青のりを降ったりして仕上げ、大きなヘラでそれを運ぶ。入り口で席が空くのを待っている客も居るが、次々と注文が入る中、客も鉄板も、さくさくと入れ替わる。
商売繁盛の秘訣は、テキパキ働くおばちゃんの手中にある。
posted by はきこ at 23:35| 東京 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

大阪の店主

大阪に着いた日は、夕方からもの凄い雷雨だった。とても外に出られる様子ではなかったので、ホテルのランドリーで洗濯をして、落ち着くのを待ってから夕食に出掛けた。
この日は、連れおすすめの居酒屋だったが、時間が遅かったせいか、行った時はすでに満席だった。どうしようかと悩んでいたら、店の板さんが、良かったら席が空いたら連絡するよと言ってくれた。これが東京だったら、黙って待っているか、次の店を探すかなのだろう。さすが大阪、絶対客は離さない(笑)。ちょうど探したいものがあったから、そうさせてもらったけれど、食べ終わってお勘定を済ませた後も「ほんと、お待たせしてすんませんでした。おおきに、おおきに。」と何度も言ってくれた。
中崎町は大阪の空襲で焼け残った地域。昔からの木造の建物が残っており、建物をリフォームしてアンティーク、雑貨、古着、古本などを扱うお店が増えてきた。小さな路地をするすると入ると、小さなお店が思わぬところにあったりして。
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可愛い猫さんも居たりして。
ふらっと入った雑貨屋では、作家さんの陶器やアクセサリーを売っていた。金属アレルギーの私の心を射止めたのは、とんぼ玉のチョーカー。留め金がないから、私でも大丈夫だ。私の目の色が変わったのに連れが気づき、買っても良いと許可が出た。ひと目で気に入った「なすび」みたいな紫色のチョーカーを選ぶと、お店の方が「それにはねぇ、これ、合うと思うのよぉ」と、やはりとんぼ玉素材の指輪をすすめてきた。確かに、合わせて買うととても魅力的。「私はね、こっちの緑のを買ってしまったのよ。わぁ、今日してくれば良かったわぁ。今日の服にもぴったりだったのにぃ。」と言いながら、これもきれいよ〜、これも良いわよ〜、ほら、ガラスだからね、下に着るもので、光も変わるのよぉ〜・・・・とすすめてくれる。不思議と厚かましくないのは、大阪の上手さだなぁ。旅に持ってきたビーズの指輪、だめになっちゃったし・・・で、結局買ってしまった。後でお会いしたI夫人に「ちゃんと値切った?」と聞かれ、ああ、しまったと思う。そうか、値切るのが流儀か(笑)。
空襲と言えば、そうだった。街の歴史を知るのに、空襲の被害の大きさを知る事は欠かせない。しかし、やっぱり一度歩いて土地勘を付けないと、先にそういった事を調べてもなかなか脳みそに入ってこない。私には初めての大阪の中心部だったから、次回は是非、その辺りも調べよう。そう思って、天神橋筋に近い古本屋に入ったとき、終戦に関する本を手に取っていた。店主のおじいちゃん、それを目敏く発見。「今・・・終戦の本、見とったやろ・・・」と話しかけてきた。「この間・・・戦争の本、ぎょうさん売りにきた人がおってな、それが・・・この辺にある」と教えてくれた。大阪の空襲の本もあり、これは興味深いと思ったが、それは買わずに司馬遼太郎の本を買った。すかさず「”街道をゆく”はここにある・・・」と(笑)。
東京の古本屋の店主はどちらかと言うと無愛想なのだが、大阪の古本屋では何度も「おおきに、おおきに」と言われる。
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2008年08月25日

派手だよ、看板

今日は会社が休みだったので換気扇の掃除をした。体力を使い果たしたので、今日は写真中心の怠慢ブログでお楽しみください・・・って、こっちの方がいつもより字数が少なくて良いぞ・・・という声も聞こえてきそうだが(涙)。

大阪は看板が派手だ。目につく物を色々と撮ってきたので、ざざーっと紹介。写真がいつもより小さめなのは、容量を稼ぐため。あしからず。

まずは、先日閉店した「くいだおれ」。
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初めて行ったのに閉店していた。ネオンも消えて寂しい。太郎は旅に出ているらしい。

かに道楽本店
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阪神が優勝した時には、歓喜したファンがよじ登って、目を片方もがれていた記憶があるんだけど。今は元気にやっているようだ。

明治
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すごく大きいんだ。

づぼらや
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どこに行ってもあるし、どこもこれと同じ。

グリコ
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有名。

看板じゃないけど、ビリケンさんとししお。
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本物は通天閣に居るが、新世界辺りにはニセモノがいっぱい居る。

これも看板じゃないけど、新喜劇のじいさん。
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なんばグランド花月の前で、お客さんを呼び込んでいた。公演は見られなかったが、カメラを向けたら快くポーズを決めてくれた。新宿では見た事があるんだけど・・・また新喜劇見たいなぁ。

その他
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なんかこう、派手でなんぼ、目立ってなんぼ、色々くっつけてなんぼなところに、私は大阪を感じたのだった。
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2008年08月24日

ありがとう「まわりゃんせ」

昨日のブログ、連れからクレームが付いた。
「俺だって、水族館好きだもん。」
はぃ、わかりました。そうだよな・・・だって。

「沙都邑」では5食分ほどもあろうかと思われる魚介を食べつくし、それでも翌朝は卵焼きと、伊勢エビのダシが効いたみそ汁の美味しさを堪能した。よく食べた。
連れが、近鉄で志摩から大阪に向かうのに「できるだけ、余す所無く乗っておきたい」と言うので、終着駅である近鉄賢島駅から難波駅までを完乗する事になっていた。そのため、この日は朝から賢島に向かい、そこで遊んでから14時05分発の”伊勢志摩ライナー”で大阪入りした。
さて、伊勢志摩ライナーの時間まで、何しようかと当日の朝まで悩んでいた私たち。宿のカウンターに置いてある観光案内をいくつか引き抜き、とりあえずはあご湾を遊覧する”賢島エスパーニャクルーズ”を楽しむ事にした。
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「よ〜そろ〜」
途中、真珠の工場で養殖真珠の核入れ作業を見学し、そこで売っていた真珠に目を奪われながらも、結局何も買わずに退散。私、金属アレルギー(涙)。それでも後から考えると、あそこの真珠はとても安かった。
楽しい船の旅は50分で終わってしまい、下船してからは、うむむ、暑いしどうしようと悩む。近所にあるのは・・・志摩マリンランド・・・ってまた水族館かい。海の仲間大好きな「私たち」は、また水族館へ。
中に入るとすぐに大きなペンギンの水槽があり、人懐っこいペンギンが、ガラス張りのところまで近付いてくる。
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「誰?」
中に入ると「ドクターフィッシュ ”ガラ・ルファ”」が居る。
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トルコでは、これがお風呂の中に居て、一斉に「ぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷち」と角質を食べて、皮膚疾患の治療にも役立っていると言う。自由に手を入れられるようになっていて、みんな一様に「ふぎゃ〜!」「うひょ〜!」「きょえ〜!」「むひょ〜!」と奇妙な声を立てていた。私も10秒もたなかったわよ。くすぐったいっす(笑)。
鳥羽水族館よりの規模は小さい。一番人気はマンボウで、それ以外にも、映画「小さき勇者たち〜ガメラ」に”ガメラの子”として出演したケヅメリクガメが居た。
さて、これで伊勢志摩ともお別れ。クルーズも志摩マリンランドも「まわりゃんせ」を利用した。ここから難波駅までが最後のまわりゃんせだが、一部を除く特急指定席もこれで乗れるので、最後は連れが「わざわざ」伊勢志摩ライナーを選択した。
その訳は
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これが乗り放題なら、良いわよねぇ。
最後に、お世話になった「まわりゃんせ」を軽くご紹介しておこう。
発駅〜フリー区間(松阪-賢島)〜着駅までが有効区間。例えば、私たちは名古屋駅(発駅)から近鉄を利用して松阪に入ったが、ここから4日間がパスポートの有効期間になる。フリー区間は、各駅も特急も4日間乗り放題。30の観光施設に入場、入館可能。パルケエスパーニャのパスポートも付いているし、さらに入場してからの特典もある。近鉄バス、鳥羽市営定期船、志摩マリンレジャー定期船乗り放題。まわりゃんせ指定宿泊施設からの手荷物無料配送あり。レンタカー約30%引き。そして最後に、賢島から近鉄難波駅(着駅)までの特急に乗り、ここで効力を失う。
これがなんと、おひとりさま9500円。毎年、3月1日〜12月29日の間利用できる。毎年条件は変わるかと思うが、伊勢志摩観光をしたい方には、ちょーオススメ。
posted by はきこ at 22:27| 東京 ☔| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月23日

ファンシー志摩で食い倒れ

古市地区を出てから、近鉄宇治山田駅、河崎旧商人街など、昔の姿をそのまま残す建物に触れ、伊勢市駅の近くの居酒屋で夕食をとった。2度目の丑の日を前に、うなぎが飛ぶように売れていた。
同じホテルに宿泊して、翌朝も朝食をしっかりいただき、この日は志摩方面へ向けて「まわりゃんせ」で出発した。前日までの歴史探訪路線とはうってかわって、この日は思い切りファンシー路線をぶっちぎれ!志摩には有名なスペイン村もあるが、私は一度行った事があるし、連れはあまり興味がないようなので、んじゃあ、海でも満喫しましょうかと選んだのは、鳥羽水族館。
すまん、私の希望だ。
今日はかわいい海や川の生き物を紹介してしまおう。
まずはペンギン・・・近い。
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この水族館は、今まで見て来た水族館の中で動物が一番近い。このペンギンは、カメラのレンズの力を借りなくてもこの近さで撮れた。手を伸ばせば簡単に届く距離に居る。「ううう、さわりたい・・・」と思い辺りを見回すと、手を出すと咬まれるよーくらいの警告しかない。これは触っても良いと言っているのか?それでも「大人の良識」みたいなものが邪魔をして、結局手を伸ばす事はできなかった。
次、ペリカン・・・君は天然色。
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この水族館では、ペンギン、ペリカン、アヒルの歩行レース(?)が行われている。これはその時のショットで、やはり目の前をペリカンが歩いていく。よく見ると怖い。
次、セイウチ・・・海の友達。
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ここには2頭のセイウチが居る。連れは水槽の傍らに腰掛け、ずーっとこいつと交信をしていた。この子はホースのようなおもちゃで遊びながら、連れが腰掛けている水槽の角を擦るように泳いでいた。たまに目が合う。
次、カワウソその1・・・お昼寝ちう。
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ごく浅い水が貼られているところを、わざわざその中で水に顔を突っ込んで寝ている。よく見ると鼻先からぷくぷくと空気が出て来ていて、苦しくないのかなぁ・・・と見ていると、たまに顔を上げて息継ぎをする。また突っ込む。10秒ほどでまた息継ぎ、突っ込むの繰り返し。こんな所で寝なきゃいいのにと思うが、それがまた可愛い。
次、カワウソその2・・・こいつもお昼寝ちう。
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上の「ぷくぷくさん」と同じ所に居て、この子は丘の上に居るのだが、何とも無防備な様子でお昼寝。レム睡眠なのか、たまに手足がぴくっ、ぴくっと動くのが可愛い。「ぷくぷくさん」に対し、こちらは「ぴくぴくさん」である。
次、アシカ・・・訓練ちう。
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ぷくぷくさんとぴくぴくさんに夢中になっていて、写真を撮り終わってふっと後ろを振り返ったら、この子がすぐ後ろに居た。びっくり。まだちっちゃい子で、ご飯の時間になるとレース場に出てきて、簡単な芸のお稽古をしているようだ。
さて、水族館を満喫し、昼食の時間もだいぶ過ぎてしまったところで、軽く腹ごしらえ。
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これがウワサの伊勢うどんである。食事として食べるよりは、おやつ感覚で食べるとのウワサを聞いていた。確かに量はそれほででもない。見たところ、かかっている汁の量が少なく甘辛い印象があり、うどんと言うより”みたらし団子”の感覚らしいよと、連れが言っていた。それほど期待していなかったのだが、想像していたより汁も薄かったし、麺もごつっとした感じで美味しかった。
この日の宿はこの旅で唯一、2食温泉付きの宿。「沙都邑」という海沿いのホテルで、目の前に3kmの砂浜がある。海水浴やパルケエスパーニャに行く客が多いようだ。ここの食事は、海の幸もりだくさんで、兎に角、いっぱい。
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お造りだけでも鯛、伊勢エビ、アワビ、ひらめの4種類がある。料理は出てくるものが2人で少しずつ違っていて、それぞれのを突つきながら食べる。ご飯はその場で炊きたてが食べられる。この写真の後も、まだまだ出て来た。
う、旨いけど、旨いけどぉ〜・・・多い(涙)。全部食べられなかったが、これを完食したのは今まで一組だけだったそうだ。
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「誰?」
posted by はきこ at 23:11| 東京 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

3軒隣

「おかげ横丁」は、内宮に向かって左にある。これが何だと言われると良くわからない。テーマパークと言うと大袈裟だし、入場料はない。土産物屋や資料館、食事処も沢山あるから、ここだけでもかなり楽しめる。
土産物を見ながら涼を求めてゆっくり歩くと、五十鈴川沿いに涼しげな日陰を見つけたので、水辺で休む鳥や、水遊びを楽しむ人達を眺めてしばらく過ごした。赤福は氷を食べる人でごった返していて、先に食べておいて大正解。しかしこう暑いとまた食べたくなってしまう。アイスコーヒーで誤摩化そうと茶屋に入ったら、これがとても美味しかった。
昼食には「伊勢うどん」か「手こね寿司」か、あるいは両方か(笑)、迷いに迷って、魚好きな私たちは手こね寿司を選択した。連れはまぐろ、私はかつお。写真を貼付しようと思ったら、ボケていて使えない。ご飯の写真はいつもこうだよ(涙)。
まわりゃんせで「おかげ座」という施設に入った。およそ300年前の「おかげ参り」の様子が再現されている歴史館である。「おかげ参りとは何ぞや?」という映像を見た後、メガホンを持ったおばちゃんに付いて回る。縮小版の町並みには「施行」の様子や、町のにぎわいなどが再現されていて、おばちゃんが詳しく説明を加えてくれる。
その中で私たちが興味深く見たのは「精進落とし」で栄えた古市地区にあった、お茶屋の様子を再現していたところ。「これは現存している建物なんです」と、おばちゃんが説明したところへ、連れが「麻吉旅館ですね?」と言うと、おばちゃんは顔をほころばせ「あら、良くご存知で」と言った。
五大遊郭のうちのひとつであった古市は、遊女や芸妓を抱える遊郭、お茶屋で賑わっていた。その中にあった「花月楼 麻吉」は、土地の傾斜を利用して造られた木造6階建てのお茶屋で、今でも一部を残して「麻吉旅館」として営業している。うちの連れは、いわゆる「赤線跡」を辿るのが好きで、今までにも一緒にいくつか訪れた事がある。今回も勿論、行きたいと思っていたので、おばちゃんに行き方を尋ねると、「あら、うれしい!」と言って紙とえんぴつを持って来て説明してくれた。
そして「私の実家は、麻吉旅館の3軒隣なんですよ」ですって(笑)。
教えてもらったバス停へ向かう途中、実はね・・・と教えてくれたのがここ。
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某、元官房長官ご実家。ある事件で有名になってしまった事から「私たちはね、ここのおまんじゅうを”リ○ルート饅頭”って呼んでるの」と教えてくれた。「おまんじゅうの名前はね・・・えーっと、えーっと」と名前を忘れるくらい、通称に慣れているようだ(笑)。
バス停もうだるような暑さで、長らく待ったバスは何故か冷房が効いていない。あと3分乗っていたら気持ち悪くなっていたかも。何でだ(涙)。3つか4つのバス停をやり過ごして降りると、すぐに麻吉旅館が見えた。
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ここは当時の5階あたりか、階段を下りると建物が続いている。
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降りるごとに建物が層になっているのがわかる。おばちゃんの実家はこの右手になるのかな(笑)。ひょっとすると当時はおばちゃん家、麻吉の敷地内だったのかもしれない。
古市も現在は静かな住宅街になっているが、色恋沙汰の殺傷事件で有名になり、後に歌舞伎狂言の舞台にもなった「油屋」の跡地があり、当時をしのぶ建物もいくつか残っている。行ってみる価値はおおいにあると思うが、観光客はひとりも居なかった。
posted by はきこ at 22:49| 東京 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

お伊勢参り

宿泊した松阪のビジネスホテル。最近ではこの手のホテルも色々頑張っているようで、お手頃な料金な上に、朝食バイキングを用意してくれている。ここはご飯ものとパン、煮物やサラダなども充実しており、なかなか良かった。「お伊勢参り」のこの日は早起きをして、おにぎり二個とみそ汁、おかずをしっかりいただいてから出発した。
正式名称「神宮」は五十鈴川にある内宮と、山田原にある外宮を中心として、14所の別宮、43所の摂社、42所の所官社があり、「神宮」はこれら125の宮社の総称である。まずは外宮からお参りするのが正式であるという事で、近鉄伊勢市駅から近い外宮へ向かった。
外宮は、天照大神のお食事を司る豊受大神をおまつりしているため「豊受大神宮」と呼ばれる。内宮より500年後に迎えられ、衣食住とあらゆる産業の神でもある。
早朝の外宮は人が少ない。
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もともと、近所に大きな土産物街「おかげ横丁」がある内宮に比べ、参拝者の数は少ないようである。しかし、人でごった返している内宮よりも、神様が落ち着いて過ごせる環境ではあると思う。
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旅のお供「ししお」も外宮前で記念撮影。ここから先は、とても登場させる雰囲気ではない。可愛そうだが、連れの鞄の中で狭い思いをしてもらった。
この日も「焼けるような暑さ」は松阪に負けず劣らず。しかし、樹齢の高そうな木が並ぶ参道に入ると、外とは違う風が吹いてきてとても涼しい。なるほど、風の神をおまつりする別宮「風宮(かぜのみや)」がこの奥にある。元寇のときに、神風を吹かせて日本を守ったのがこの神様である。ちなみに、内宮にも「風日祈宮(かざひのみのみや)」という風の神をまつる別宮がある。
風宮の他、土宮や多賀宮のある別宮遥拝所の手前には「亀石」と呼ばれる石の橋がある。
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「言われてみればそう見える」というレベルでなく、間違いなく亀に見える。神に偽りなし。
外宮で御朱印をいただき、次はバスで内宮へ向かった。
お参りの前、店が空いているうちに、これいっときましょう。
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夏季限定、赤福氷。
会社の方から「ぜったい食べてね」とすすめられていた。内宮「おかげ横丁」を入ってすぐに赤福のお店があり、勿論、お茶と普通の赤福もいただける。赤福氷は、宇治抹茶のかき氷の中に赤福の餡と餅が入っているが、これらは氷に馴染むよう特製したものだそうだ。猛暑、好天とロケーションも良い上に、なにしろ旨いっ!
勿論後日、普通の赤福もいただいた。そう言えばこの旅のきっかけは、いただいた1箱の赤福だったのだ。
内宮は、皇室のご祖神の天照大神をおまつりしており「皇大神宮」と呼ばれる。すぐ側を流れる五十鈴川で心身を清めてからお参りする。
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川魚の姿も見える。ここではみんな穏やかに、休んだり写真を撮ったりしている。
内宮は人でごった返しており、神の祟りで何かが地球に起きるとしたら、まずはここに居る人から「ちゅどーん」だろう・・・と思える無礼もあったりした。助けて、篠田三郎(涙)!
しかし宮司さんがいらっしゃると
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粛々と神を拝する姿に、誰も石段を登って近付こうとする者はない。
御正宮、別宮を回り、御朱印をいただいたら、次は「おかげ横丁」だ。

長くなったので、続きはまた後ほど。
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2008年08月17日

電車、そしてまた電車、たまに気動車

二人とも飛行機大嫌い。海外に行く時は死ぬ覚悟である。だから、国内の旅行は絶対に飛行機なんか使わない。
って、ほんとは電車が好きなんだけどね。
「電車」と言ってしまうと、世の中の”てっちゃん”は「ちがうよ」と言う。電化されていない所に電車は走らない。ディーゼルで動く気動車好きの連れが居る我が家でも「電車」と「気動車」の区別ははっきりさせなければならない。
だから、今回の旅も「電車、そしてまた電車、たまに気動車」である。

8月3日。
さて、旅の始まりは、駅弁からである。まだ暗いうちに起きても朝ご飯をグッと我慢して、東京駅で駅弁を選ぶ時間を大きく取る。毎回の旅の楽しみでもある。
今回は、少し前にテレビで見たコレで。
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ただし、ウチの旅のお約束で、列車が出てもしばらくは箸をつけられない。例えば、北へ向かうなら大宮、西へ向かう時は新横浜を過ぎるまで弁当は食べない。連れが、首都圏を出るまでは何となく、弁当広げるの気恥ずかしいんだってサ。「先に食べればいいじゃん」と言われるが、私も一緒に待つ事にしている。今回は名古屋まで新幹線各駅停車の「ぷらっとこだま」を利用した。最近ではツアーなどでもこれを利用するようで、行きの新幹線では、旅の嬉しさに舞い上がった、おっちゃん達の高笑いと共に名古屋へ向かった。ここから松阪を目指す。
伊勢志摩での大きな目的は「お伊勢参り」としていた。伊勢市で宿を探したが手頃な所が見つからず、それなら松阪あたりに宿を取り、そこを起点に巡ると言う事になった。移動手段は近畿日本鉄道の「まわりゃんせ」というお得なクーポンを使った。これはいいぞ。電車の料金が安い以外にも、伊勢志摩の色々な施設が無料で利用できる特典がある。
宿に着いた日は、松阪市内を散策した。まずは腹ごしらえ。
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「一升びん」という、地元の人が通う焼き肉屋さんで。これがあの「松阪牛」だっ!
ちなみに、松阪と書いて「まつさか」と読む。近鉄もJRも、駅の表示は「まつさか」である。とうぜんコレも「まつさかぎゅう」である。さかさか。さかさか。
伊勢木綿の店に立ち寄り、それから「松阪商人の館」へ。
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小津和紙で知られる小津清左衛門の旧家が残されており、当時の商家の生活を垣間見る事ができる。松阪の商人はいち早く江戸や京に出店し、日本橋の大伝馬町には、松阪木綿を商う店が密集していた。たまたま、この旅に連れが持って行った、ユニクロの「伝統企業コラボTシャツ」に小津和紙のものがあった。日本橋に出店した清左衛門の店が、日本全国の紙を扱っていた事がわかる。
このTシャツが、大阪の通りすがりの散歩じいちゃんを呼んでしまうエピソードがあったが、これはまた後のお話。
江戸時代の国学者で、医師でもある本居宣長が生まれたのもこの地。鈴の音を愛し、多く集めていた人で、松阪の街には沢山の鈴が。
あら、こんなところにも。
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四角い鈴なの。
松阪城趾にある「本居宣長記念館」には、彼が残した沢山の「もの学び」の軌跡が展示されている。古事記や古典などの研究では知られているが、17歳で描いた「大日本天下四海画図」という日本の街道の地図や天文図などもあり、地理や天文にも深く興味があった事がわかる。とにかく、学んだ事を細かく細かく記録していて、それには思わず「うひょー」っと声が出てしまう。几帳面とはこの人の事を言うのだな。
城趾を一周すると陽も傾き、宿で一旦休んだ後はもう夕食である。日曜日で、行きたかった居酒屋も休みだったため、地元の普通の居酒屋に入った。
ちなみに、ここで入場した2つの資料館、いずれも「まわりゃんせ」の特典で入る事ができる。伊勢志摩に居る間は、電車に乗るにも、何処に入るにも、買い物をするにも、この「まわりゃんせ」を印籠のように突き出していた。とても便利。
しっかしまぁ、猛暑が続いた日程の中で、何処よりも暑かったのは、ここ松阪であった。
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すね毛が焼け、焼き肉屋では自分も焼ける思いをした。必死の日焼け対策も空しく、旅が終わる頃には浅黒く、みっともなぁい感じになってしまったのだけど、私たちの旅は、まだまだ始まったばかり。
posted by はきこ at 23:33| 東京 🌁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月12日

絆創膏

旅から帰って来て、今日が初めての出社。仕事をしていても、何か大切なポイントがゴッソリ抜け落ちている感じで、なかなか上手い具合に進まない。
とりあえず土産でも配っておこうかと、部署全員分の「きしめんパイ」50個を取り出す。皆に配ったあと、直接仕事で絡みのある方には、もうひとつオマケのお土産があった。
絆創膏。
新世界にあった「よしもと」のショップで買った、ナベアツと「チッチキチー」の柄の物。ナベアツのは18枚入りで、1〜18までのナンバリングがある。当然の事ながら、3の倍数と3の付く数字の絵は、ナベアツが変な顔をしている。「チッチキチー」は絆創膏に「チッチキチー」と書いてあるだけ。皆さんには好きな絵柄を1枚選んでもらった。個人的な事を言わせてもらうと、ナベアツの面白さが理解できないので、「チッチキチー」の方がおすすめだったのだが・・・ナベアツ、大人気(涙)。やはり3の倍数と3の付く数字のは、先になくなってしまった。
連れにそう報告したら「エドはるみより、なんぼかマシか」と苦笑していた。私もそう思うよ。
余ってしまった「チッチキチー」は、私が楽しみに使う事にしよう。

と、土産の事を先に書いてしまったが、私生活で復帰できてないから、ここで旅を振り返るほどの気力も湧かない。明日になったら少しは余裕出てくるかなぁ。
posted by はきこ at 23:49| 東京 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

ただいま東京

先週の日曜日早朝から松阪に向かい2泊、志摩に1泊、大阪に2泊、藤井寺に1泊、そして名古屋に1泊して本日夕方、無事に帰宅。連れに手伝ってもらって洗濯や片付けをやっつけて、ご飯を食べてお風呂に入ってひといき。楽しかった旅が終わってしまったのは寂しいし、仕事の事を考えるとげんなりするけれど、家はやっぱりほっとする。
名古屋にて、シャチを捕獲。
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「しゃちウォ」と命名。今日から東京サポね(強制)。

大阪でお世話になったおっちゃんさん、思いがけずお会いできたI夫妻に感謝しつつ、とりあえずもう、眠いから寝る。
とにかく、眠い。
posted by はきこ at 23:18| 東京 ☁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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